|
カテゴリ
以前の記事
2012年 04月
2012年 03月 2009年 11月 2009年 05月 2009年 02月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 お気に入りブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
2012年 04月 07日
今、読んでいる本の中で「心に根っこをもつ」という言葉に出会いました。
その根っこはいくつでもいいのだそうです。趣味や仕事、家族、友達、金銭、書籍、信念など など。 人それぞれ根っこは違うけれども、自分には根っこがあるという思いが人を強くしたり、行動 させたり、癒したりするのだそうです。 そして根っこは時には変わるときもあるけれど、本物の根っこは変わらず、腐らないと書かれ てあります。 さて、私の根っこは何かなと考えたとき、いくつも思い浮かぶ中で、これは不思議な根っこだ なぁと思うものがありました。それは音楽です。 落ち込んだときにカルロス・クライバーという指揮者のDVDをみると、彼の紡ぐ音の波動に すっぽり包まれます。透明なオーラに包まれ、その中から社会を眺める不思議な感覚・・・。 そして曲が終わったときには、気持ちがだいぶ回復してこちらに戻ってきています。まるで自 分自身を保つための特効薬の一つのような存在。 もちろん、他の方の音楽も大切な存在です。言葉はないのに包んでくれる。 音楽の力は私自身にとって、強い根っこのように思えます。 皆さんもそれぞれの根っこをお持ちだと思います。皆それぞれ違う根っこを持っているって 素敵ですよね。それが個性に繋がっているのかもしれませんね。 2012年 03月 31日
老人ホームに月1回、慰問をしています。
ここ数年行っているのですが、今まで見たことのない80代の女性に先月会いました。 子供たちを見ると「まぁ、なんて可愛らしい!」と澄んだ目を丸くして、車椅子をひきな がら近づいていらっしゃっいます。その姿は本当に透明感があって、美しいオーラが 漂っているよう。まるで生き仏さまです。 初対面なのにその女性と意気投合。いろんな話を聴かせていただきました。少し認 知症があるにもかかわらず、使われている言葉は美しく品があります。 「私はあの家でひっそりと咲いているんです。小さな花だけれど、それでいいんです。」 とか「私は今まで人を恨んだことはありません。心を汚してはだめよ。」とか・・・。 最後に「必ず来月も来て下さいね。約束よ。」と話して別れました。 そして今月。その女性はいらっしゃいました。今月もまたお話を聴かせていただきました。 相変わらずの澄んだ目。見ていると、こちらが吸い込まれそうになるくらいです。 「この世はね、汚いものもあるけれど、美しいものの方が多いの。人も美しくいたいわね。 心を汚さないで。私も一人の部屋に帰ると泣くときもあるわ。でも、出てきたら涙は拭いて 美しく咲いていましょう。それが人の道よ。」 素敵なお言葉だなぁと感心して聴いていました。でも、そんな話をされた後、女性の顔 にふと翳りが・・。 「でもね、寂しいの・・・。人前でも涙が止まらないときがあるの。」 と遠い目をされたのです。 そのお顔をみたとき、人の生きる切なさというか、哀しみを感じてしまいました。 どんなにこういう思いで生きていこうと思っても、人の存在自体の哀しみは拭うことはで きないのかもしれません。 そんなことを教えてくださった女性との出会いでした。 2012年 03月 14日
震災後、初めて迎える3月11日、前回のブログで紹介した100本のガーベラ
と詩を閖上で渡してきました。 その日は雪こそ降っていませんでしたが、やはり冷たい風の吹く一日で、去年 の3.11を思い起こさせるような寒さでした。 初めてのことなので、どうなるのか不安はありましたが、mixiの小町ちゃんの 紹介から、閖上で学校の先生をされている小野幸三先生とお子様方、そして お子様のお友達と一緒に活動することができました(小町ちゃんのお友達の 山田さんにも大変力になっていただき、本当にありがとうございます!)。 小野先生の発案で閖上中で行われる追悼式の前に献花としてお花を配り、 その花を捧げてもらうことになりました。 子供たちも寒い中、体を震わせながらも積極的に声を出したり、追悼式に列 席される方々の方へ出向きお花と詩を配ってくれました。子供たち、そして先 生の天国へ、そして震災で苦しんでいる方々に届けたいという温かい心が伝 わってきて、もうそれだけで感無量になってしまいました。 先生が活動しながら教えてくださった話を一つ紹介します。 先生のお子さんは吹奏楽部に入っていらっしゃるそうなのですが、その後輩 が津波で命を落とされたそうです。その方の遺体は発見されたのですが、発 見されたときの姿はトランペットを抱きかかえたまま・・・。 その話をされたとき先生は懸命に涙をこらえていらっしゃいました。 亡くなられた命の数だけ思い、そして物語があります。亡くなられた方、一人 一人の思いを忘れることなく、残された者たちは生かされた命を大切にさせて いかなければいけないと感じました。 あしなが育英会に送る募金もお願いしました。一本のガーベラと一つの詩に たくさんの募金が集まりました。結局、集まった金額は13061円で、私がガ ーベラを購入した金額以上のものになりました。みなさん、たくさんの温かな 愛をありがとうございました!これは全額、震災孤児の方々へ送らせていた だきます。きっと、みなさんのお心が伝わると思います。 配ったガーベラは献花台にみな捧げられました。そして、私も列席し、お花と 詩をあげてきました。 天国にみんなの祈りの気持ち、きっと届いたと信じています。 みなさん、本当にありがとうございました。 2012年 03月 08日
震災から1年が経とうとしています。
この1年、いろんな気持ちを感じた1年でした。 震災直後は自分の家族を守るので必死で、他で困っている方たちのことまで 思いをはせることができず、自分の無力さを痛いほど感じさせられました。 いわゆる「被災地」と呼ばれる地区の近くに住んでいながら、自分に何ができ るんだろうと悶々とした日々を送っていたとき、友人宅で一輪のやわらかく輝く 可愛い花を見つけました。ガーベラでした。 その花からほんのりと温かいものを感じたので、「この花、どうしたの?」と聞 くと、「街で募金した人たちに配っていたの」と友人がはにかみながら答えてく れました。 そこで気づかされたのです。私にもこれならできるかもしれない。震災から1年 が経つ日に、祈る人々にお花と祈りの詩を渡し、それを天に手向けてもらうこと なら・・・と。 またそのお花と詩に募金していただけるなら、そのお金を少額かもしれないけ れど、震災のため困っている人たちに届けたら、温かい気持ちの循環のお手 伝いができるかも・・・と。 今度の3月11日、閖上にある日和山富士にて1時から100本のガーベラと祈 りの詩のカードを配る活動をしたいと思います。 もし、当日日和山富士で祈ろうと考えていらっしゃる方でこの活動に賛同される 方はどうぞ声をかけてみてください。 ![]() 最後に、この活動をするにあたり、mixiの小町ちゃんに大きなお力添えをいただ きました。小町ちゃん、本当にありがとうございます。 またお花を快く手配してくださったYちゃん、Yちゃんのおかげで実現できました。 ありがとう。 そしていつも詩に写真を添えてくださるchieちゃん、おかげで素敵なカードにな りそうです。いつもありがとうです。 配る内容の詩の内容は以下のとおりです。 包まれて どんな災難が起こっても 包まれている どんな涙が流れても 包まれている もちろん喜びに胸が高まるときも 包まれているけれど どんな苦しみに身が悶えても 包まれている あの空をみてごらん 澄み切った青い空に 吸い込まれそうになる あの空に 裸になっても 包まれている あなたが空へと送る息に 喜んで 宇宙の奥が 生きる糧を 送り返してくれる まるでピンポンのように あなたが生きているということは 宇宙とあなたが 互いに 呼吸していること ひとつになって ![]() 舎利の道 雪が絶え間なく降り続ける この舎利に 一つの足跡続く 目指すは あの仏さま 風と雪で 目の前は真っ白だっただろうに そんなことには目もくれなかったのだろう 地面の雪の原は力強く踏まれている 何を思って 足跡の主は 祈ったのか 祈りの言葉は 仏さまと彼だけが交わす 約束 祈りの場は 仏様の眼差しに 温かく包まれて こんなにも人の祈りは 切なく 温かい ![]() photo by Chie Shimura レクイエム 大地に あの方の 残り香 漂う 零れ落ちた かぐわしい香りの きせき そっと心にしまい 私は歩く あの方にとって 幻となったこの大地 力強く踏み鳴らし 橋を作ろう 一日一日を 必死に生き抜く 足音が あの世へかかる 橋となる ズドン ズドン 聞こえますか? この足音 ズシン ズシン 感じますか? この思い 足音は 祈り 生きている者の捧げる レクイエム ![]() photo by Chie Shimura 2009年 11月 14日
冬菊のまとふはおのがひかりのみ 水原秋櫻子 運転中にふと目にした言葉。この言葉が飛び込んできたとき、胸をつかれました。 なんて澄み切った美しい詩なんだろうと。。 私も冬菊に見習ってそうありたい(夢ですが・・(^^;)。 皆がまとっているそれぞれのひかりを輝かせることが出来たら素敵ですね☆ 余計なものは捨てていって。。 2009年 05月 09日
拍手していた
コンサートホールで 彼の歌声に心が震え 10年前のあのとき 私の楽しみといえば 芸術の美に触れること それが命の源だった コンサートホールに行くことも ほとんどなくなった今から振り返ると あのときは 夢のよう 淡く消えてしまう まぼろし 過去は不思議 すべての過去はまぼろしなのに 今の私を作っているものは 過去の積み重ね 重ねられるものなのに つかめない 過去は確かにそこにいて ベールを被り 私に微笑みかけている 静かな 生き物 ![]() 2009年 02月 07日
良寛さんの素敵な歌に出会いました。少し紹介させていただきます。 ====================================== 焚くほどは風がもてくる落ち葉かな (あくせくしなくても風が自然に落ち葉を吹きよせてくれます。それが仏さまのこころなのです。) 生涯身を立つるに懶く 騰々として天真に任す (立身出世にも気が向かず、のんびりのほほんと自然のままに任せている)。 我が生何処より来たり 去って何処にか之く (いのちがどうして生まれ、また死後どうなるのか。それは永遠のナゾ。だからいまの一瞬を大切にしなければ・・・・)。 飄として浮雲のごとく また西に去る (行こうと思って行かなくても、おのずから行くところはあるものです)。 西=極楽浄土の方向、安らかな境地 山かげの岩間をつたふ苔水の かすかにわれはすみわたるかも (チョロチョロと流れる苔清水のように、私はひっそりと澄みきった心境で住んでいることですよ)。 心月輪(しんげつりん) (心も月も丸いほうがよい)。 心こそ心まどわす心なれ (心が迷う原因は心にあります。その迷う心を捨てれば迷いもなくなりますよ)。 ほっとする良寛さんの般若心経 著 加藤僖一 より ![]() photo by Chie Shimura 2008年 11月 13日
最近、言葉の重さ、軽さというものを感じるようになりました。 先日、上野公園を通りかかったときのことです。あの場所にはホームレスの方々がたくさんいらっしゃいます。ホームレスの方の中に酔っ払ってなのか睡眠不足のためなのか椅子に座りふらふらしている方がいらっしゃいました。ちょうど雨も降っていました。何かその方のためにできることはないかと考え、おにぎりでもと思い上野公園の中のお店をみてみましたがおにぎりは売っていません。待ち合わせ時間もあったので、私は急かされていました。そのときバックの中に入っているもので役に立てそうなもの(?)はハンカチくらい。そこでそのハンカチを持ち、勇気を出してその方に話しかけてみました(こんなことは初めてだったのですが)。「あの、雨も降って濡れますからハンカチでも」。するとその方はぬっと起きて「えっ?いえいえ、大丈夫です」と受け取ろうとしてくださいません。もう一度「もしかしたら何かに役に立つかもしれませんから」と差し出すと、遠慮がちに、でもはっきりした声で「どうもありがとう」と今度は受け取ってくださいました。その時の「ありがとう」の声、私の心にものすごく響いたのです。勇気出して話しかけてみてよかったと本当に思いました。私が与えたものよりもずっと大きいものを与えてくださったからです。短い時間の中に本物の心の交流のようなものを。 ホームレスの方はともすれば社会から疎外されてしまう存在です。その方の場合もじろじろ見て通り過ぎる人たちが多くいました。そんな中で生きていて、もしかして声をかけられるということは少なかったのかもしれません。だからこそその方の投げかけられる「ありがとう」の言葉が重かったのでしょう。「ありがとう」の中にたくさんの「嬉しい」という心が入っている感じがしたのです。 心の入った言葉はずっと投げかけられる人の心に残っていくものなんですね。「ありがとう」の言葉は日常生活の中で頻繁に使いますが、心を込めて発していきたいと思います。 2008年 10月 13日
私は辛いことがあると
そよ風に会いに行きます そよ風は 「どうしたの?」と 優しく語りかけてくれます そして私の話を 「そうか、そうか」と ずっと聞いてくれるのです ずっと ずっと なんだか 全てを受け止めてくれる 母のようです ![]() photo by Chie Shimura 2008年 09月 07日
先日お友達からいただいた誕生日プレゼントの鉢植えのお花が咲いてくれました。いただいた時は春で可憐な花を咲かせていたのですが、しばらくすると花が一つ一つ消えていき、何も花がない状態が4,5ヶ月続いていました。枝を剪定したり、お水をあげたりしてまた咲かないかなぁと待っていたので、つぼみをつけてくれたときにはじんわりとした感動が広がりました。 お花が再び咲いてくれたことから心をこめて待つことの大切さを感じました。離れていて連絡が途絶えがちだったり、何らかの事情で去っていった大切な人でも、その人を信じて待っていると必ずまた繋がるように。 そしてこの花の写真を撮りながら思いました。花を上から撮ろうとしたら光もあまり感じられない等身大の花がファインダー越しに映ったのですが、下から見上げるように撮ろうとしたら光が見えて、花の広がりを感じられたのです。何にでも光があるといいますが、それは下から見るとよく感じられるんですね。人もきっと。 ![]()
|